滋賀県の温泉
びわ湖温泉(びわこおんせん)は、滋賀県大津市茶が崎にある温泉です。
茶が崎温泉とも呼ばれています。
びわ湖温泉へのアクセス
JR湖西線西大津駅より徒歩約7分。
京阪電車石山坂本線皇子山駅より徒歩約7分
名神高速大津ICから約15分。
泉質
アルカリ性単純温泉
源泉温度34.3℃
効能
神経痛、リウマチ、創傷、筋肉痛、関節痛
温泉街
旅亭 紅葉 (旧 ホテル紅葉)
和式の内装を誇る「旅亭 紅葉」(1993年10月開業)が営業しています。
ホテル紅葉(後述)をリニューアルオープンしたものです。
京都市に本部を置くジャパンレジャーサービスグループの子会社「琵琶湖リゾートホテル株式会社」が経営しています。
びわ湖に面した露天風呂が好評で、2007年9月14日にはびわ湖に面したレストラン『湖彩・湖眺』がオープンする予定です。
宿泊客の送迎には「牛車タイプの送迎車」(全部に牛頭をあしらったマイクロバス)を使用しています。
ホテル紅葉
びわ湖温泉はかつて、ホテル紅葉(1964年開業)を中心とするレジャーランドとして有名でありました。
周辺には遊園地のびわ湖温泉紅葉パラダイス(1966年に紅葉パラダイスとして開業しました。
のちに「びわ湖パラダイス」に変更、1998年12月廃業。以下紅葉パラダイス)が隣接していました。
ホテル紅葉の演歌調テレビCMは、近畿地方に当時在住していた世代の間では今なお語り草となっています。
紅葉パラダイスのCMもまたお馴染みであった(ホテル紅葉のCMはほぼ全国で放送されていた)。
併設の紅葉パラダイスは1978年、ドイツ製蒸気機関車とワゴンリー社製個室寝台車8両を連ねた「ホテル・オリエント・エクスプレス」を敷地内に開業し話題となったが、廃業に伴いこれら客車も解体されてしまいました。
上記の紅葉パラダイス、旅亭 紅葉のかつての運営主体の丸玉観光株式会社(京都市)はホテル改装と遊園地の不振などによる負債を抱え、2006年3月1日に倒産。旅亭 紅葉は倒産に先立って、ジャパンレジャーサービスグループ(略称:JLS/京都市)へ売却しました。
なお、旅亭 紅葉に隣接して、ホテル紅葉と丸玉観光の創業者の木下彌三郎が収集したギリシャ・ローマ彫刻、日本画、洋画などを展示している木下美術館があります。
倒産後も存続していたが、現在、移転準備中のため休館中。
一方、紅葉パラダイスの跡地にはマンションが建ちました。
日本全国の温泉 滋賀県 雄琴温泉 歓楽温泉のイメージが強いが、湖国随一の規模と歴史があります 普通の旅館・ホテルが10軒ほどが国道161号線の左右に林立
滋賀県の温泉
雄琴温泉(おごとおんせん)は、滋賀県大津市(旧国近江国)にある温泉です。
歓楽温泉のイメージが強いが、湖国随一の規模と歴史があります。
2006年10月27日に「地域ブランド」(地域団体商標)として認定されています。
雄琴温泉への交通アクセスは、
鉄道:JR湖西線雄琴駅下車
車:名神高速道路京都東ICから西大津バイパス経由湖西道路仰木雄琴ICより国道161号を500mほど南下です。
泉質
アルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性温泉)
雄琴温泉の温泉街
普通の旅館・ホテルが10軒ほどが国道161号線の左右に林立しています。
比良山地の山麓沿いに建てられているため、琵琶湖など眺望に優れています。
一方、その南側の湖畔沿いに、関西最大級の特殊浴場群約40軒ソープランドがあります。
ソープランドには源泉がひかれていないが、前記の10軒の旅館等は大津市より源泉を引いています。
尤も、特殊浴場と普通の旅館が共存している感はなく、地理的にも隔絶され、特殊浴場街は雄琴港より南側のごく一部の地域、一般旅館は国道の山側と港より北側に位置しており、混同されることは無いのだが、他県から見れば1km四方の温泉街が同一視されるのは仕方の無いことではあります
近年は生き残り策として歓楽温泉のイメージ払拭を目指しており、各旅館とも団体客向けから女性客やファミリーなどをターゲットとした改装が相次ぎ、その成果が見え始めています。
また、今後は最寄り駅の雄琴駅を「おごと温泉駅」に改称する計画があり、観光温泉としてのブランドを売っていく姿勢が見られます。
周辺には比叡山延暦寺やその門前町の坂本、日吉大社、堅田の浮御堂、園城寺(三井寺)、更に市街地には石山寺などがあり、歴史ゆかりの文化財が多く、観光拠点としては最適であります。
名物料理として鴨料理や近江牛料理などがあり、特に鴨鍋は雄琴を代表する味覚であります。
雄琴温泉の歴史
今から約1200年前、伝教大師最澄が開いた湯といわれているが、次のようなエピソードもあります。
昔はこの近くに八つの頭を持つ大蛇が棲んでいたといわれ、その大蛇の棲む谷には念仏池という池がありました。
この池は病気に効くというので、村人は念仏を唱えながら賽銭を投げ入れていたといいます。
この池が雄琴温泉の由来だといいます。
雄琴という地名は、平安時代の貴族、今雄宿禰の荘園があり、その「雄」とその邸からはよく琴の音が聞こえてきたことから、「琴」をとって雄琴と呼ばれるようになりました。
戦後は交通アクセスの良さで関西の奥座敷として発展しました。
特に1970年代前半から団体旅行客が増加、それに伴い、大規模な風俗街も作られた。同時期に京都府からトルコ風呂(当時の名称)が締め出されたため、風俗店が生き残りをかけて当地に多数流入しました。
しかし、この風俗街は雄琴のイメージを著しく下げ、一時は旅行ガイドから雄琴の名は退けられていたり、時には「雄琴近隣で泳ぐと妊娠する」などと言った荒唐無稽な風評が飛び交っていた程であります。
もっとも、2005年現在も神戸の福原と並び、関西の一大ソープランド街を形成していることは間違いなく、依然としてその方面からの集客力もさほど変わっていないとは思われます。
とはいえ、バブル崩壊の1990年代から観光客が減少、生き残りを図るため1990年代後半から各旅館が改装に乗りだしました。
同時に旅館名の変更も相次いでおり、「雄琴国際ホテルきくのや」は「暖灯館きくのや」に、「國華荘」は「びわ湖花街道」に、「ロイヤルホテル雄山荘」は「里湯昔話雄山荘」に改称したのは、これから観光、保養温泉として売っていく姿勢の表れであります。
また、各旅館がこぞって全室露天風呂付きの客室の新館や別館を併設したりしています。
そういったハード面だけでなく、各旅館がこぞって、趣向を凝らした露天風呂や創作料理を提供したり、サービス改善に努めたりとソフト面の改善も進行しました。
これらの旅館同士の競争がいい相乗効果を生んでおり、着実にリピーター、新規顧客を増やし、安定した成長を続ける結果となっています。
雄琴温泉(おごとおんせん)は、滋賀県大津市(旧国近江国)にある温泉です。
歓楽温泉のイメージが強いが、湖国随一の規模と歴史があります。
2006年10月27日に「地域ブランド」(地域団体商標)として認定されています。
雄琴温泉への交通アクセスは、
鉄道:JR湖西線雄琴駅下車
車:名神高速道路京都東ICから西大津バイパス経由湖西道路仰木雄琴ICより国道161号を500mほど南下です。
泉質
アルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性温泉)
雄琴温泉の温泉街
普通の旅館・ホテルが10軒ほどが国道161号線の左右に林立しています。
比良山地の山麓沿いに建てられているため、琵琶湖など眺望に優れています。
一方、その南側の湖畔沿いに、関西最大級の特殊浴場群約40軒ソープランドがあります。
ソープランドには源泉がひかれていないが、前記の10軒の旅館等は大津市より源泉を引いています。
尤も、特殊浴場と普通の旅館が共存している感はなく、地理的にも隔絶され、特殊浴場街は雄琴港より南側のごく一部の地域、一般旅館は国道の山側と港より北側に位置しており、混同されることは無いのだが、他県から見れば1km四方の温泉街が同一視されるのは仕方の無いことではあります
近年は生き残り策として歓楽温泉のイメージ払拭を目指しており、各旅館とも団体客向けから女性客やファミリーなどをターゲットとした改装が相次ぎ、その成果が見え始めています。
また、今後は最寄り駅の雄琴駅を「おごと温泉駅」に改称する計画があり、観光温泉としてのブランドを売っていく姿勢が見られます。
周辺には比叡山延暦寺やその門前町の坂本、日吉大社、堅田の浮御堂、園城寺(三井寺)、更に市街地には石山寺などがあり、歴史ゆかりの文化財が多く、観光拠点としては最適であります。
名物料理として鴨料理や近江牛料理などがあり、特に鴨鍋は雄琴を代表する味覚であります。
雄琴温泉の歴史
今から約1200年前、伝教大師最澄が開いた湯といわれているが、次のようなエピソードもあります。
昔はこの近くに八つの頭を持つ大蛇が棲んでいたといわれ、その大蛇の棲む谷には念仏池という池がありました。
この池は病気に効くというので、村人は念仏を唱えながら賽銭を投げ入れていたといいます。
この池が雄琴温泉の由来だといいます。
雄琴という地名は、平安時代の貴族、今雄宿禰の荘園があり、その「雄」とその邸からはよく琴の音が聞こえてきたことから、「琴」をとって雄琴と呼ばれるようになりました。
戦後は交通アクセスの良さで関西の奥座敷として発展しました。
特に1970年代前半から団体旅行客が増加、それに伴い、大規模な風俗街も作られた。同時期に京都府からトルコ風呂(当時の名称)が締め出されたため、風俗店が生き残りをかけて当地に多数流入しました。
しかし、この風俗街は雄琴のイメージを著しく下げ、一時は旅行ガイドから雄琴の名は退けられていたり、時には「雄琴近隣で泳ぐと妊娠する」などと言った荒唐無稽な風評が飛び交っていた程であります。
もっとも、2005年現在も神戸の福原と並び、関西の一大ソープランド街を形成していることは間違いなく、依然としてその方面からの集客力もさほど変わっていないとは思われます。
とはいえ、バブル崩壊の1990年代から観光客が減少、生き残りを図るため1990年代後半から各旅館が改装に乗りだしました。
同時に旅館名の変更も相次いでおり、「雄琴国際ホテルきくのや」は「暖灯館きくのや」に、「國華荘」は「びわ湖花街道」に、「ロイヤルホテル雄山荘」は「里湯昔話雄山荘」に改称したのは、これから観光、保養温泉として売っていく姿勢の表れであります。
また、各旅館がこぞって全室露天風呂付きの客室の新館や別館を併設したりしています。
そういったハード面だけでなく、各旅館がこぞって、趣向を凝らした露天風呂や創作料理を提供したり、サービス改善に努めたりとソフト面の改善も進行しました。
これらの旅館同士の競争がいい相乗効果を生んでおり、着実にリピーター、新規顧客を増やし、安定した成長を続ける結果となっています。
